時危うくして偉人を思う

夜更けの公園で主人公が唄う「ゴンドラの唄」が印象に残る黒澤明監督作品「生きる」。

映画は以下のナレーションから始まります。
「・・・幽門部に胃ガンの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない。これがこの物語の主人公である。しかし今この男について語るのは退屈なだけだ。何故なら彼は時間を潰しているだけだからだ。彼には生きた時間がない。つまり彼は生きているとは言えないからである。・・・実際この男は20年ほど前から死んでしまったのである。その以前には少しは生きていた。少しは仕事をしようとした事もある。しかし今やそういう意欲や情熱は少しもない。そんなものは役所の煩雑すぎる機構と、それが生み出す無意味な忙しさの中で、全く磨り減らしてしまったのである。・・・本当は何もしていない。この椅子を守る事以外は。そしてこの世界では地位を守るためには何もしないのが一番いいのだ。・・・」

市役所の市民課長 渡辺勘治は、自分が癌に冒されている事を知り、放浪のような二週間を送ります。

「人生の主人公になろうとするために人生楽しく生きることに貪欲になることが重要」という知人と行動を共にしますが、心は満たされません。

別の知人からは、「自分は息子のために耐えてきた。」という勘治の愚痴に、「息子のせいにしてるけど、それは自分で決めたことでしょう。」と言われ、返す言葉を失ってしまいます。

そんな中、「私はただ毎日働いているだけ。課長さんも何かつくってみたら。」という言葉に、「自分にもできることがある」と・・・
限られた時間の中、ようやく彼に輝くような生きる時間が返ってくるのです。

「時危うくして偉人を思う」という言葉があります。
偉人とは、立派な地位にある人という意味ではなく、一国の良心ともいうべき人のことであり、市井にあって良心にしたがい大地の塩となって力を尽くす人のことだと教えを受けたことを映画を観て思い出しました。

1917

全編ワンカットの映像を見たいと行った映画でしたが、見終わって静かな感動が残りました。

サラエボ事件を発端とした第一次世界大戦が始まり3年、西部戦線ではドイツ軍とイギリス・フランス連合軍の消耗戦が繰り返されています。
1917年4月、二人の若い兵士が伝令の任を受けます。任とは、ドイツ軍の用意周到な罠とも知らず総攻撃を仕掛けようとするマッケンジー大佐率いる部隊に攻撃中止の命令を伝えることでした。伝達が遅れれば1600人の部隊が全滅してしまう…

ワンシーン・ワンカットで撮られた映像は、全編を通してワンカットで撮られたように継ぎ目なく臨場感に溢れ、映画の冒頭からこの若い二人の兵士と共に戦場にいるかのように物語の中に引き込まれてしまい、緊張の糸が途切れることのない二時間を体験しました。
登場人物の凝縮された言葉のもつ意味はそれぞれに深く、映像は時に美しく張りつめた戦場の恐怖と緊迫の刹那を伝え、知らず知らずのうちに二人の兵士に感情移入してしまいます。

監督は、サム・メンデス。ロジャー・ディーキンスの映像はもちろんのこと、トーマス・ニューマンによる音楽も映像とストーリーを際立たせる素晴らしいものでした。

映画の後半、森の中でのアカペラ“I Am a Poor Wayfaring Stranger(さまよえる人)”は心を打ちます。

草枕

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

齢を重ねるにつれ、ことさらに同感…有名な冒頭は覚えていたが、その後につづくくだりを読み返すのは、高校生だった時以来のこと。

「住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。」  草枕  夏目漱石

なるほど、詩人や画家というにはほど遠く、ましてや、芸術の士などという大それたものに成れるものではないけれど、いろんな芸術というものや自然に触れ、時々は自分でも、何かをつくってみたりするのもそう悪いことではないのかもしれない…と思ったしだい >^_^<

 

うめふふむまあるくまるくまんまるく  ことは

鯨の眼

読初は成田三樹夫の「鯨の眼」

風の日にまたきかせてくれよ岩桔梗

暮に友人のfacebookで、成田三樹夫さんの句集があることを知り購入。成田三樹夫さんと言えば、この書を読むまで、悪役・敵役を演じていた俳優さんというイメージでした。

成田さんが句を詠むようになったのは、鬼籍に入る八年ほど前から。初めは、年賀状に添える句を詠まれていたらしい。癌を患った入院後は、読書のかたわら詠んだ句をノートに記されていました。ノートには句の他、読書記録、詩も記されています。
大変な読書家。リストを見て、成田さんの知的な精神世界の深さ、感性の鋭さに驚くばかり。
句集は、成田さんが亡くなられてから編纂されたもの。序文は、夫人の温子さんが書かれています。序文を読むだけでもこの書を買ってよかったと思うほど… 飾ることなく、とつとつと語られる文章に、仲睦まじいご夫婦の絆を垣間見るようで温もります。

正月早々、何回も読み直した一冊でした。

目が醒めて居どころがない
背をのばせばどこまでも天
五十億年寝返りうつやこぞことし
雀の子頭集めて宮まいり
書を捨てて風のひとふき読みに出かける
清水のむ馬ののんどや秋の空
妻の音にぐんにゃりとなる留守居かな
ものみなよく見えてきてはるかなり
力が抜けて雲になっている
海山の母のごとくや月見草
母の背やかかとに下駄のあたる音
風の音か息の音か
脚を抜かれしパンツに手が届かない
太陽べろろん去年今年
一瞬大空のすき間あり今走れ
春ゆくや煮こごりのくづれゆく
物云いたげな急須の口や秋深し
ふんどしの子等の尻みて涼をとり
陽をうけて背中をかえす椿の実
時計の音それはピノキオ妻来る日
腹ばいてひとり雛菓子みあげけり
初富士をあおいでぐるり喉ぼとけ
身の痛みひと息づつの夜長かな

男はつらいよ お帰り寅さん

一度変われば二度変わる
三度変れば四度変る
淀の川瀬の水車
誰を待つやらクルクルと
年が明けそして年が来て
今買わないと この品物が高くなる

観るならやっぱりお正月にと「男はつらいよ お帰り寅さん」に行ってきました。

織り込むように溶け込むように挿入された懐かしい寅さんのシーンと共に物語が進んでいく。
その中に「メロン」のシーンがある。…渥美清さんが「徹子の部屋」に出演した時、こんなことをおっしゃっていた。
「自分の映画はね試写室じゃなく劇場で観るの。そのほうがね…反響が違うんですよね。
例えばね…一個のメロンをみんなで仲良く食べるって話がある。寅次郎が帰ってくるのを忘れて食べちゃった。それで、寅次郎が非常に怒ったっていう話。…新宿とかそういうところで観るととても笑うの、もっともだと。ところがね。浅草の小屋だとね、笑わないんですね。寅にとっておいてやるのが当然なんだ。食べちゃったお前たちが悪いんだという反応がね、浅草の劇場だとあるのね。劇場を変えて観に行くと面白いね。」

そう滅多にあるものじゃない「五十年かけてつくられた映画」…由緒正しき日本のお正月映画は流石でした。

Star Wars

Star Wars

年末、スターウォーズ「The Rise of Skywalkerスカイウォーカーの夜明け」を観てきた。Long long time ago…最初からもうワクワクしてしまう(^^♪ ダース・ベイダーはもう登場しないのだけれど、エンドロールでは、「ダースベイダーのテーマ(帝国のマーチ)」も流れ、長い物語の完結を味わうことができた。
自分が何歳の時にそれぞれの作品を観ていたのだろうと帰宅してから整理。初回作品であるエピソードⅣを観たのは大学生の頃。エピソードⅤの時は仕事に就いていた。40数年かけ、スピンオフとして撮られた二本を加えれば11作品を観てきたことになる。
そして、スピンオフとして撮られた「ローグワン」と「ハン・ソロ」がシリーズの中でも秀逸、味わい深い作品に仕上がっていると改めて思う。
「Rouge Oneローグワン」は「エピソードⅣ A New Hope 新たなる希望」の少し前にスポットをあてた作品、最後のシーンはエピソードⅣの冒頭シーンにつながる。デス・スターの設計図をめぐり帝国軍と戦うヒロインはフェリシティ・ジョーンズ演ずるジン・アーソ。悲しくも静かな力をもらえた作品。
「Soloハン・ソロ」は題名の通り、若き日のハン・ソロを描いたロン・ハワード監督の作品。ソロの相棒チューバッカ、愛機ミレニアム・ファルコン号が登場。流石、ロン・ハワード監督、息もつかせぬ活劇が縦横無尽に展開する。
スターウォーズはスカイウォーカー家の人々が物語の中核となった物語だが、この二作品には登場しない。しかし、まぎれもなくスターウォーズの物語であり、その醍醐味は、大人の鑑賞に十分に応える深さをもった作品だと思う。
どの作品も面白いのだけれど、繰り返しよく見ているのはこの二つと「エピソードⅤ The Empire Strikes Back帝国の逆襲」。これからも長いつきあいになりそう…>^_^<

1977 Episode Ⅳ A New Hope 新たなる希望
1980 Episode Ⅴ The Empire Strikes Back 帝国の逆襲
1983 Episode Ⅵ Return of the Jedi ジェダイの帰還
1999 Episode Ⅰ The Phantom Menace
2002 Episode Ⅱ Attack of the Clones クローンの攻撃
2005 Episode Ⅲ Revenge of the Sith シスの復讐
2015 Episode Ⅶ The Force Awakens フォースの覚醒
2016 Anthology  Rogue One ローグ・ワン
2017 Episode Ⅷ The Last Jedi 最後のジェダイ
2018 Anthology  Solo ハン・ソロ
2019 Episode Ⅸ The Rise of Skywalker スカイウォーカーの夜明け

日日是好日

日日是好日 森下典子(新潮文庫)

日日是好日

著者曰く「雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。…どんな日も、その日を思う存分に味わう。…」 豊かに生きるとはこういうことなのだろうと、とても爽やかな気持ちになって読了した本です。

著者の森下典子さんは、大学生の頃、母親の勧めで武田のおばさんからお茶を習うことに。
以来、週一回のお茶の稽古を二十五年間。その間、就職、恋愛、失恋、父との死別など山あり谷あり、その時折の様々な思いが、ほんとうに素直に語られていて、等身大の著者に会うことができました。

映画のほうも、やっと近くで上映されることになったので、来週にでも行ってこよう。武田先生を樹木希林さんが演じられているということで、それも愉しみ (#^^#)

森下さんは、これまでの人生とお茶との出会いをこのように振り返っています。

  • 「世の中には、『すぐわかるもの』と、『すぐにはわからないもの』の二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれどすぐにわからないものは、何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、『別もの』に変わっていく。そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎなかったことに気づく。『お茶』って、そういうものなのだ。」
  • 「静かに並んで座ったまま、私は、先生と気持ちを共有したような気がした。先生は言わないのではない。言葉では言えないことを、無言で語っているのだった。本当に教えていることはお点前の外にある。」
  • 「先生は、私たちの内面が成長して、自分で気づき、発見するようになるのを、根気よくじっとまっているのだった。本当に知るには、時間がかかる。けれど、『あっ、そうか!』とわかった瞬間、それは私の血や肉になった。もし、初めから先生が説明してくれたら、私は、長いプロセスの末に、ある日、自分の答えを手にすることはなかった。先生は『余白』を残してくれたのだ。」

本の中から武田先生の言葉を幾つかひろってみました。

  • 「お茶はね、まず『形』なのよ。先に『形』を作っておいて、その入れ物に、後から『心』が入るものなの。」
  • 「間違えるのは、かまわないの。だけどキチンとやりなさい。一つ一つの小さな動きに、キチンと心を入れるのよ。」
  • 「たとえ何度も、同じ亭主と客が集まって茶事を開いたとしても、今日と同じようには二度とならないのよ。だから、一生に一度限りだと思って、その気持ちでやるんですよ。」
  • 「年月がたって慣れてくると、つい細かいところを略したり、自分の癖が出てきたりしますからね。お稽古を始めたころと同じように、細かいところにまで心を入れて、きちんとお点前することが大事ですよ。」
  • 「教えるってことは、いろいろなことを教えてもらえることよ。」
  • 「……毎年毎年、同じことの繰り返しなんですけれど、でも、私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって。」

先今年無事目出度千秋楽 (まず今年無事めでたく千秋楽)

散り椿

散り椿

京都 地蔵院にある散り椿、正確には五色八重散椿。椿が散る際は花が花首から丸ごと落下しますが、五色八重散椿は、花が散るとき花弁が一枚ずつ散り、その散り際はまことに綺麗ということです。

葉室麟の「散り椿」、木村大作監督によるオールロケーションの撮影ということで、これは観たいと行ってきました。
日本の様式美、美しい殺陣、日本の四季、凛としたせりふの数々…素晴らしい映像美に見入った二時間でした。

原作の複雑なプロット、登場人物の心の機微を二時間枠の映画に納めるのは大変だったろうなと思います。
原作にある
散る椿、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるのだ。 榊原采女
くもる日の影としなれる我なれば目にこそ見えぬ身をばはなれず 古今和歌集
は、映画にも取り入れられていますが、原作を読んで初めてその言葉の意味を深く味わえるような気がしました。

地蔵院の散り椿の見頃は三月下旬…来春、見に行きたいなと思いつつ映画館を後にしました >^_^<

「あれから七十年巡りくる八月」

幼馴染みの父上から「あれから七十年巡りくる八月」と題した冊子をいただきました。

「昭和二十年四月、勤労奉仕隊員として満州東寧報国農場で作業に従事するため渡満。同年八月九日未明、ソ連軍の突然の侵攻により捕虜となる。捕虜収容所での抑留生活を経て帰国。」
までの体験談が、平明端正な文章で綴られています。

あとがきを紹介します・・・

「戦争中は何もかも物資不足で、ほしがりません勝まではの合言葉に皆辛抱をしてきた。また、米英鬼畜の教育で、小学校にあった日本とアメリカの友好のシンボルであった青い目の可愛らしい人形まで、先生の指導で、竹槍で突き、滅茶苦茶にこわしたこともあった。最後は神風が吹き、日本は絶対に勝つが先生の口癖教育であった。そして、戦時訓で、日本は絶対に降伏してはならない。捕虜になれば恥だと教えられ、各戦地において、多くの日本兵は玉砕や自決をせざるを得なかったのであろう。せめて半年早く降伏しておれば特攻や沖縄戦もなかったであろうし、もう十日早く降伏しておれば原爆もソ連の満州侵攻もなかっただろうと思うと、時の政府か軍部のやり方か知らないが、未だ何とも腑に落ちない。 <中略> ここに記した事は、若き日に満州で体験した事の一部であるが、若い方々には、今の平和な日本においてそれらの事がイメージできないかもしれない。然し、戦争の愚かさ、平和の大切さを、ここから少しでも身近に感じていただくことができたなら、私にとっては、思い出したくもない事ながら書いた甲斐があると思う。」

 

和のおかず 野崎洋光

やさしく親切で気のきいた即戦力の料理本はないものかと探していたところ、ついに見つけました。
人気TV番組「プレバト」に時折、出演していらっしゃる分とく山の野崎洋光さん。
一口食べただけで、その調理方法を類推しコメントをする卓越した知識と舌と技、流石としか言いようがない。やさしい語り口ながら決して妥協したところがない。随分苦労されたのだろうなと…苦労された人の優しさと厳しさは一味違うと感心。
とても分かりやすいレシピで、何とか作れてしまうのです。しかも、ちょっとしたコツが書いてあって、こうするだけでこうも違うものかと…目から鱗とはこのこと。
野崎さんのお料理レッスンコラムも楽しく、知識が増えます。
さぁ 男料理・・・時々がんばるぞ。

レシピ

人気の定番料理
和えもの・酢のもの・サラダ
酒の肴
焼きもの・揚げもの
煮もの・蒸しもの・鍋もの
ご飯・汁もの
甘味・デザート

野崎さんのお料理レッスンコラム

だしのとり方と活用術
おいしい味づくり
ご飯の炊き方
作りおきして便利な「薬味」と「たれ」
魚の鮮度の見分け方
盛りつけの基本
毎日のお弁当
陶器の扱い方
土鍋の扱い方
今どきのおせち

和のおかず決定版 「分とく山」の永久保存レシピ
野崎洋光      別冊家庭画報