五箇荘 金堂

「今、甦る近江商人魂 〜五個荘散策と幻の三中井百貨店〜」田中秀湖 (著)のブックレビューをamazonに書いたのは、日付を見ると2017年10月27日のことでした。
一度訪ねなくてはと思っているうちに、かれこれ9年もたってしまい、やっとのことでの五個荘訪問となりました。

滋賀県東近江市にある五個荘金堂町(ごかしょうこんどうちょう)は、近江商人発祥の地の一つ、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

司馬遼太郎「街道をゆく 二十四巻」に五個荘のことが書かれていますので紹介します。散策した五個荘の町並みや風情は、司馬遼太郎の文章にある通りであったように思います。

「金堂という集落があるが、私がまぎれこんだのはその集落だった。歩くうちに、この田園のなかで軒をよせあう集落全部が、舟板塀をめぐらし、白壁の土蔵をあちこちに配置して、とほうもなく宏壮な大屋敷ばかりであることに驚かされた。建て方からみて、明治期の屋敷が多いかと見られたが、どの家のつくりも成金趣味がかけらもなく、どれもが数寄屋普請の正統をいちぶもはずさず、しかもそれぞれ好もしい個性があった。いうまでもないことだが、金のかけ方に感心したのではない。たがいに他に対してひかえ目で、しかも微妙に瀟洒な建物をたてるというあたり、施主・大工をふくめた近江という地の文化の土壌のふかさに感じ入ったのである。・・・」  司馬遼太郎 「街道をゆく」より

追伸
写真の数が多いので、いくつかに分けてアップしていますので、お時間があればご覧ください。


日本料理 さとう

お盆なので開いているかなと思いつつ電話をしましたら、どうぞお越しくださいとのことで、ランチの予約をとったのは前日のこと。
開店は十二時、少し早めについてしまったのですが、どうぞお休みくださいと冷たい水出しのお茶を出してくださり、ほっと一息。
今、料理の出汁をとっているので、しばらくお待ちくださいとのこと。
八寸の鮨は小鯛の笹漬けをつかったもの、小浜市の上杉商店さんから届けてもらっているとのことで、若狭の話もできました。刺身の醤油は越中八尾のものを使っているとのこと、たしかに美味しいお醤油でした。
ご飯は北海道の「ゆめぴりか」、食べるのは初めてです。炊きたてのものをおひつで出していただき、漬物と味噌汁でいただきました。
とっても気さくな女将さんで、料理の説明や出汁の取り方、大根の皮を使っての漬物の作り方、お店の歴史や旅の話など、美味しい料理をいただきながら、すっかり話し込んでしまい、思ってもいない楽しいランチとなりました。
また、伺いとお店です。


五個荘近江商人屋敷 中江隼五郎邸

三中井百貨店と中江家

中江家のことについては、以下のようにご邸宅に掲示されていました。

三中井は、明治三八年に三中井商店として発足し、昭和四年頃から本格的に百貨店経営 に乗り出しました。この三中井百貨店を経営 したのが金堂に本部を置いた中江勝治郎です。 「実業を以て鮮満に活躍せんとする青年 は来たれ、我が三中井へ」の合言葉で、短期間の内に朝鮮・中国に二十余店舗を有する大百貨店に成長しました。し かし、敗戦と共に三中井も解体せざるを得ませんでした。
昭和八年に建築されたこの中江準五郎邸は、 三中井百貨店の経営にあたった中江勝治郎一 族の邸宅で、隆盛を極めた往時の三中井を偲ぶことができます。
平成八年三月 東近江市五個荘近江商人屋敷 中江準五郎邸


小幡でこ由来記

山紫水明の琵琶湖の東、五個荘町小幡に育った《小幡でこ》は色彩が豊かで素朴な近江唯一の伝統を持つ郷土人形として古くから人形愛好家に親しまれております。

種類は、非常に多く、約500種類あり3月、5月の節句人形を主体に祭のみこしや、信仰縁起もの、教訓に関係あるもの、十二支に因むもの、風俗人形や、軍人及び馬のり鎮台、松竹狐など小幡独特の型、その他、独自の創作を案出したものが伝えられており、型の寸法も小は3cm位から、大は90cm位まであります。

初代、安兵衛は、はじめ京都通いの飛脚をしていましたが、たびたびの追い剥ぎ、恐喝等々に遭い、それがための賠償等に困り、その末、考えたのが家にいて出来る仕事、人形づくりの転業でした。京都通いしていた安兵衛は、当時盛んに売られていた伏見人形に着眼、その製法を修得し、今から300年程前〔享保年間)小幡で人形を造り始めたのが、その起こりでその後代々続けられています。

当時は、中山道、御代参街道〔小幡が起点)を往来する人々や近くの子どもたちに親しまれ、みやげや玩具として需要が多く「小幡でこ」として宣伝されていました。

同業者も、明治初期までは4~5軒ありましたが、現在は当家のみとなり、現当主〔細居源悟氏)は、9代目となります。


布引焼


湖東地方に低く長く延びる布引山系には 白鳳から平安時代にかけて陶器がやかれて
いた穴窯の跡が数多く残されています。その後一千年もの間途絶えていたこの地に、
当時の名釉 「緑釉」の再現をもとにして一九七一年、布引窯が誕生しました。
そして更に独自の絵付と技術を重ねて完成させた布引焼は、全く新しい湖東の焼物
として地域と共に育まれ歩んでいます。布引焼の特色は柔らかな色調の七彩天目です。 窯変の生みだす微妙な色の変化と、奥深い透明 感からは無限の可能性が広がってゆきます。



五個荘近江商人屋敷 外村 繁邸

豪商の後継者ながら文学の道を選んだ外村繁の邸宅です。端正で慎ましやかな設えの邸宅に、ほっと安堵を覚えるお屋敷です。

外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞作家です。外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷は、門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋があり、玄関に続く石畳の右手には広い庭があります。訪れた時は剪定の職人さんが入っておられました。