黒龍 Eshikoto

永平寺がある永平寺町は、お酒がお好きな方ならご存知かもしれない黒龍酒造があるところ。
永平寺参拝後、この黒龍酒造さんが展開する「ESHIKOTO」へ行ってきました。到着すると広大な土地に、二つの建物が並び立っています。
一つは、黒龍酒造醸造のスパークリング日本酒「ESHIKOTO AWA」の貯蔵庫、またイベントスペースとしても使われるという臥龍棟。
酒樂棟と名付けられたもう一つの建物には、黒龍ESHIKOTOブランドのお酒と仁左衛門他黒龍酒造の銘酒を試飲してから購入できるショップ、それに「レストランacoya」が併設されています。
せっかくの機会、ランチをスパークリング日本酒「ESHIKOTO AWA」と共にいただきました。
スパーリング日本酒は、獺祭、一ノ蔵、梵、白瀧酒造なども販売していますが、さて楽しみな黒龍酒造の「ESHIKOTO AWA」。
透明感のある爽やかな味わい、美味しゅうございました (#^.^#)

曹洞宗大本山 永平寺


永平寺

寛元2年(1244)道元禅師によって開創された座禅修業の道場。

道元

正治二年(1200)京都の公卿 久我家(村上源氏)に生まれる。
建暦三年(1213)天台座主公円について出家。
建保五年(1217)建仁寺にて栄西の弟子の明全に師事。
貞応二年(1223)明全とともに博多から南宋に渡って諸山を巡る。
安貞元年(1227)帰国。
寛元元年(1243)越前国の地頭波多野義重の招きで越前志比荘に移転。


永平寺正門

正門には、「杓底一残水」「汲流千億人」としるされている。
道元禅師は、柄杓で汲んだ水で手を洗い、そして、柄杓の底に残った水を川へ還されたという。永平寺の境内には川が流れ、水が豊富である。そのいくらでもある水でさえ粗末にしてはいけない、大切にするようにと道元禅師は教えられたという。


永平寺 龍門


永平寺 勅使門


永平寺 七堂伽藍

僧侶が修行をする建物を「伽藍」と呼ぶ。
禅宗寺院では「法堂・仏殿・僧堂・庫院・山門・東司・浴室」を「七堂伽藍」と云う。
中でも「僧堂・東司・浴室」を「三黙道場」と云う。
「東司」とは、「手洗い」のことで正面に「烏枢沙摩明王」が祀られている。


傘松閤

156畳敷の大広間。天井には230枚の「天井絵」。その中に、花鳥ではない絵が五枚(阿形の青い唐獅子・吽形の白い唐獅子・リス・夫婦の白い鯉・黒い鯉)あるそうです。正面左には第80世貫首 南澤道人(みなみさわどうにん)老師の肖像画。


山門

寛延2年(1749)築。五間三戸の中国唐時代様式の楼閣門で、両側には仏教の守護神である四天王を祀られている。階上には釈迦如来像、五百羅漢などが安置されています。
修行僧が永平寺に入門願いをする際、禅問答が行なわれる場所。
山門の右には「家庭厳峻 不容陸老従真門入」の文字。左には「鎖鑰放閑 遮莫善財進一歩来」の文字。
「どのような社会的地位のある人でも仏を求める心が無ければ、この門より入ることは許さない。」「そうであるが、鍵はかからず扉もない、入り口は常に解き放れている、善財童子のような道心があればいつでも、入ることができる」「ここより先は厳しい出家修行の道場であり、求道心の在る者のみ門をくぐることが許される」という意味のようです。


白山水
白山連峰に連なる湧き水。御開祖道元禅師の真前にお供えする霊水、また、写経の時にも用いられるそうです。

承陽殿
永平寺の祖廟。道元禅師・二祖懐弉禅師・三祖義介禅師・四祖義演禅師・五祖義雲禅師の五大尊の尊像が安置されている。また、歴代住持の位牌や開基である波多野義重公の木像、道元禅師の生家である久我家の位牌が祀られている。


玲瀧の滝

玲瓏(れいろう)・・・金属や玉などが、透き通るように、美しいことを意味します。


寂光苑・舎利塔

寂光苑

寂光とは、日本語で「安らかで、静かな光」のこと。石碑には、「仏の光に照らされた静寂光の浄土、心安らかな苑の意」と書かれています。寂光苑には、大きな鐘があって、誰でもつくことができます。

舎利塔

永平寺の歴代の住職のお墓があります。


天龍寺

清涼山天龍寺は、福井県永平寺町にある曹洞宗大本山永平寺の末寺です。1653年に松岡藩初代藩主松平昌勝公の命によって創建されました。


物書きて扇引きさく余波哉  松尾芭蕉
ものかきておうぎひきさくよなみかな

元禄二年(1689)旧暦八月十日、芭蕉は旧知の仲であった大夢和尚に会うために天龍寺を訪れます。金沢より同行してきた立花北枝と共にこの寺で一泊します。八月十一日の朝、芭蕉は北枝と別れて永平寺に向います。


若狭神宮寺

若狭神宮寺は散り紅葉。
春にお参りに来たときは、大雪による倒木があり庵の屋根が無残なことになっていましたが、修復された姿を見てひと安堵。