坂東玉三郎 「越路吹雪を歌う」 June, 2018

実生窯

過日、越前陶芸村へ坂東玉三郎さんのコンサートに。
開演まで少し時間があったので、越前焼のブースを覗く。越前焼は表面が赤褐色の焼き上がりものが常なのだが、茶色の土に白土を掛けた粉引の徳利を発見。実生窯の作品。一輪挿しに、よさそうだったので、衝動買い。

さて、コンサートのオープニングの曲は「バラ色の人生」。
今回の公演は日生劇場での「越路吹雪 三十七回忌追悼公演」に玉三郎さんがゲスト出演したことがきっかけで、持ち上がった企画とのこと。
玉三郎さんは若い頃から越路さんのファンで、「いったいこの方は、普段どのような生活を送っていられるのだろう。」という好奇心に任せて、越路さんの一挙手一投足を舞台からレコードから学び続けていたというようなことをおっしゃっていた。

「しつらえのよい舞台にしましょうね。」が、公演スタッフへの言葉だったらしい。言葉通り、美術、照明、音楽、音響、照明、ステージングのすべにおいて、洗練された美しさのある舞台だった。

地方公演なのに、生楽器のみのオーケストラ。「谷間に三つの鐘が鳴る」「水に流して」「愛の賛歌」「道化をよこして」「枯葉」「ろくでなし」等々…懐かしい歌を愉しめた。この日のゲストは、真琴つばささん、姿月あさとさん。

June 30th, 2018

虹立ちて忽ち君の在る如し 虚子 June, 2018

お手伝いしている仕事の関係で福井県三国・丸岡方面へ。
龍翔館、丸岡城、旧森田銀行等を廻り、昼食は丸岡町谷口屋で「竹田の油揚げ定食」を。
特に旧森田銀行は以前から行きたかったところ。

俳人 森田愛子さんと髙浜虚子のことを少し…

福井県三国港の豪商森田三郎右衛門と芸妓妓田中よしの娘として誕生。東京の実践女子専門学校へ進学。その後、結核のため鎌倉で療養生活に入る。その頃、高浜虚子門下の伊藤柏翠に出会い弟子入りする。高浜虚子は孫弟子森田愛子を大変かわいがり句に詠んでいる。

虹消えて忽ち君の無き如し 虚子
虹立ちて忽ち君の在る如し 虚子

結核のため、1947年(昭和22年)29歳の若さで死去。


龍飛館
明治12年、オランダ人エッセルによってデザインされた木造五階建八角形の小学校「龍翔小学校」の外観を模して復元された博物館。 福井県 三国


丸岡城
戦国時代、1576年、一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせた城。現存天守閣では最古の建築様式を持つ平山城。別名、霞ヶ城。
福井県 丸岡

 


越中八尾 おわら風の盆  2017

おわら風の盆

風の盆は、三百年の歴史を有し、立春から数えて二百十日前後に当たる「風の厄日」九月一日に、風神鎮魂と豊作を祈願して行われ、唄・三味線・太鼓・胡弓を担う地方衆と踊り手が三日三晩、八尾の町を彩る。
踊りは豊年踊り、男踊り、女踊りがある。編み笠は照れ隠しとのことだが、編み笠の浴衣姿は、本当に優美。
女性は浴衣に黒帯を締める。喪服につかう黒帯はどこの家にもあるというところから始まったらしい。踊り手は未婚の女性で、二十五歳で引退するとのこと。

唄の歌詞は、七七七(オワラ)五を基本とする。

ゆらぐつり橋 手に手をとりて 渡る井田川 オワラ 春の風
富山あたりか あの灯火は とんで行きたや オワラ 灯とり虫
見送りましょかよ 峠の茶屋まで 人目がなければ あなたの部屋まで
八尾坂道 別れてくれば 露かしぐれか オワラ はらはらと
もしや来るかと 窓押しあけて 見れば立山 オワラ 雪ばかり
浮いたか瓢箪 かるそに流れる 行き先ぁ知らねど あの身になりたや

もてなしの風たをやかや風の盆 ことは