





大津市坂本は、延暦寺、日吉大社の門前町として栄えた町。延暦寺の僧侶の隠居所である里坊が並ぶ。旧竹林院はその里坊のひとつ。八王子山を借景に、滝組と築山が配された庭に佇むと、時を忘れてしまいそう。できることなら、四季折々に訪れてみたいと思ってしまう。






大津市坂本は、延暦寺、日吉大社の門前町として栄えた町。延暦寺の僧侶の隠居所である里坊が並ぶ。旧竹林院はその里坊のひとつ。八王子山を借景に、滝組と築山が配された庭に佇むと、時を忘れてしまいそう。できることなら、四季折々に訪れてみたいと思ってしまう。
「堅田の落雁」として有名な浮御堂。
竜宮造りの山門をぬけると琵琶湖が眼前に広がる。対岸には、東に伊吹山、長命寺山、三上山、沖島、西に比良連峰、比叡山と近江の山々が並び、琵琶湖大橋の姿も美しい。
浮御堂は臨済宗の禅寺で、「海門山満月寺」が正式な名称。平安時代、恵心僧都が湖上安全と衆生済度を祈願して建立したとのこと。浮御堂内には「千体仏」が安置されている。
境内には、いくつかの句碑を散見され、散策も愉しかった。
比良三上雪さしわたせ鷺の橋 松尾芭蕉
鎖あけて月さし入れよ浮み堂 松尾芭蕉
湖もこの辺にして鳥渡る 髙浜虚子
病雁も残らで春の渚かな 高桑蘭更
五月雨の雨だればかり浮御堂 阿波野青畝







今年の秋の吟行は、義仲寺 (#^^#)

源義仲を葬った塚のある義仲寺。門を潜ると左奥に松尾芭蕉の墓と並んで木曽義仲の供養塔が立っている。
木曽殿と背中合わせの寒さかな 又玄
朝日将軍 木曽義仲は信濃で挙兵、1183年に平氏を討伐。しかし翌年、源頼朝の命を受けた源範頼と源義経との戦いに敗れ、近江国粟津で討ち死にする。享年31歳であった。
義仲の側室巴御前は、無名の尼僧となりこの地に草庵を立て、供養を続けた。草庵の名は「無名庵」。室町末期、荒廃したこの草庵を、近江守護 佐々木六角氏が再建。これが義仲寺である。
悪名も残る木曽義仲だが、芭蕉は、義と情に厚く清廉な義仲の生き様に魅かれ、義仲寺をよく訪れていたらしい。
芭蕉は、1694年(元禄7年)10月12日、御堂筋の旅宿「花屋仁左衛門」で永眠。享年51歳。芭蕉は、「骸は木曽塚に送るべし」と遺言していたという。芭蕉の遺骸は義仲寺に運ばれ、葬儀が行われたのは10月14日であった。
芭蕉の忌日は「時雨忌」と呼ばれ、ここ義仲寺で、毎年11月第二土曜日に法要が営まれている。




義仲寺の境内に入ると松尾芭蕉の俳号でもある芭蕉があちこちに。
この寺は庭一盃の芭蕉かな 芭蕉
芭蕉の英名はジャパニーズ・バナナ。なるほどバナナのような葉が美しい。

無名庵

昭和51年に拡張新造された。事前に予約を入れれば一般の人でも句会や文化活動の場所として利用することができる。戸を開けると椿の実が活けられていた。
この日は、ここで仕出しの弁当をいただいた後、のんびり境内の散策と句会を愉しんだ。


義仲寺は湖明りなり若葉雨 司馬遼太郎






秋海棠(シュウカイドウ)…大好きな花のひとつです。秋に咲く「海棠」に似た花ということからこの名前になったそうです。
春に咲く「海棠」の花は、中国では美しい人のたとえにつかわれていたとか…



秋に楽しみにしている花のひとつアメジストセージが咲きはじめました。
アメジストは紫水晶、セージはラテン語のsalvusが語源で健康・治療という意味だそうです。ハーブの一種で、食べすぎや飲み過ぎに効能があるらしい…(^^♪