長田 弘 詩ふたつ グスタフ・クリムト 画

クリムトの風景画と長田 弘さんの詩ふたつからなる詩集です。長田 弘さんはあとがきで「わたしにとってのクリムトは、誰であるよりもまず、樹木と花々の、めぐりくる季節の、死と再生の画家です。」と書かれています。「人という文字が、線ふたつからなるひとつの文字であるように、この世の誰の一日も、一人のものである、ただひとりっきりの時間ではありません。一人のわたしの一日の時間は、いまここに在るわたし一人の時間であると同時に、この世を去った人が、いまここに遺していった時間でもあるのだということを考えます。 長田 弘」

春の日、あなたに会いにゆく。
あなたは、なくなった人である。
どこにもいない人である。
どこにもいない人に会いにゆく。
きれいな水と、
きれいな花を、手にもって。
・・・

ノースライト 横山秀夫

依頼主の言葉は「あなた自身が住みたい家を建ててください。」であった。青瀬は、信濃追分に北からの光を室内に存分に満たす家を設計する。しかし、引き渡し後、依頼主がその家に移り住んだ気配はなく、部屋には木の椅子だけが北向きの窓に向かい残されていた。
タウトの椅子を追う青瀬とともに、いくつもの家族の物語を読み進めることになる。
建築には皆目知識がなく、ドイツ人建築家ブルーノ・タウトのことも本書で初めて知った次第。
…内容についてはこのへんでやめておこう。

タウトが日本に残し唯一現存する建築、日向別邸は熱海市にある。日本滞在時タウトが居住していた達磨寺洗心亭は高崎市にある。いつか行ってみたいと思いつつ読了。

読み終えて、あたかかい気持ちになる作品だった。

時危うくして偉人を思う

夜更けの公園で主人公が唄う「ゴンドラの唄」が印象に残る黒澤明監督作品「生きる」。

映画は以下のナレーションから始まります。
「・・・幽門部に胃ガンの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない。これがこの物語の主人公である。しかし今この男について語るのは退屈なだけだ。何故なら彼は時間を潰しているだけだからだ。彼には生きた時間がない。つまり彼は生きているとは言えないからである。・・・実際この男は20年ほど前から死んでしまったのである。その以前には少しは生きていた。少しは仕事をしようとした事もある。しかし今やそういう意欲や情熱は少しもない。そんなものは役所の煩雑すぎる機構と、それが生み出す無意味な忙しさの中で、全く磨り減らしてしまったのである。・・・本当は何もしていない。この椅子を守る事以外は。そしてこの世界では地位を守るためには何もしないのが一番いいのだ。・・・」

市役所の市民課長 渡辺勘治は、自分が癌に冒されている事を知り、放浪のような二週間を送ります。

「人生の主人公になろうとするために人生楽しく生きることに貪欲になることが重要」という知人と行動を共にしますが、心は満たされません。

別の知人からは、「自分は息子のために耐えてきた。」という勘治の愚痴に、「息子のせいにしてるけど、それは自分で決めたことでしょう。」と言われ、返す言葉を失ってしまいます。

そんな中、「私はただ毎日働いているだけ。課長さんも何かつくってみたら。」という言葉に、「自分にもできることがある」と・・・
限られた時間の中、ようやく彼に輝くような生きる時間が返ってくるのです。

「時危うくして偉人を思う」という言葉があります。
偉人とは、立派な地位にある人という意味ではなく、一国の良心ともいうべき人のことであり、市井にあって良心にしたがい大地の塩となって力を尽くす人のことだと教えを受けたことを映画を観て思い出しました。

1917

全編ワンカットの映像を見たいと行った映画でしたが、見終わって静かな感動が残りました。

サラエボ事件を発端とした第一次世界大戦が始まり3年、西部戦線ではドイツ軍とイギリス・フランス連合軍の消耗戦が繰り返されています。
1917年4月、二人の若い兵士が伝令の任を受けます。任とは、ドイツ軍の用意周到な罠とも知らず総攻撃を仕掛けようとするマッケンジー大佐率いる部隊に攻撃中止の命令を伝えることでした。伝達が遅れれば1600人の部隊が全滅してしまう…

ワンシーン・ワンカットで撮られた映像は、全編を通してワンカットで撮られたように継ぎ目なく臨場感に溢れ、映画の冒頭からこの若い二人の兵士と共に戦場にいるかのように物語の中に引き込まれてしまい、緊張の糸が途切れることのない二時間を体験しました。
登場人物の凝縮された言葉のもつ意味はそれぞれに深く、映像は時に美しく張りつめた戦場の恐怖と緊迫の刹那を伝え、知らず知らずのうちに二人の兵士に感情移入してしまいます。

監督は、サム・メンデス。ロジャー・ディーキンスの映像はもちろんのこと、トーマス・ニューマンによる音楽も映像とストーリーを際立たせる素晴らしいものでした。

映画の後半、森の中でのアカペラ“I Am a Poor Wayfaring Stranger(さまよえる人)”は心を打ちます。

草枕

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

齢を重ねるにつれ、ことさらに同感…有名な冒頭は覚えていたが、その後につづくくだりを読み返すのは、高校生だった時以来のこと。

「住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。」  草枕  夏目漱石

なるほど、詩人や画家というにはほど遠く、ましてや、芸術の士などという大それたものに成れるものではないけれど、いろんな芸術というものや自然に触れ、時々は自分でも、何かをつくってみたりするのもそう悪いことではないのかもしれない…と思ったしだい >^_^<

 

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