経済安全保障 北村 滋

スパイ天国と言われ続けた日本、警視庁外事課長時代に扱った事件を例にその実態を紹介。続いて、経済安全保障の概念、具体的な内容についての解説は、とても分かりやすい。

「これまで、日本の行政法には安全保障の観点はなかった。つまり、我が国の基幹インフラに外国からの攻撃があっても、また、それが脆弱性を抱えていても、国がそれを守るための仕組みがなかったということだ。戦後、自ら国を守るという意識を欠いたまま、経済を肥大化させる歩みを続けてきた日本。(世界の状況が混沌とするなか)、経済安全保障が死活的に重要な時代が到来した」と北村氏は述べる。

一読の価値が十二分にある一冊だった。

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谷中、花と墓地  E.G.サイデンステッカー

独りでの花見はたいてい谷中に決まっていた。どの国においても、墓地は美しい。東京の墓地も例に漏れない。上野のれん会のタウン誌「うえの」に掲載されていたサイデンステッカーさんの随筆集。図書館で借りて読んだのだけれど、読後、手元に置いておきたいと思った一冊。読んでいて、文章がとても心地よいのです。著者は、定年後、アメリカと日本を半年ずつ住む暮らしを続けていたとのこと。東京で暮らすのは梅の花の初春から花菖蒲の咲く初夏まで。日本の春の花々をたのしみたいというのがその理由のよう。まったく、読んでいると著者といっしょに花を愛でながら東京の下町を散策しているような気分になります。ほんとうのところ、東京の下町をゆっくり歩いたという経験はなく、せめて一週間ほど滞在して、随筆の場所を訪れてみたいと思いました。できれば春に。失われつつある日本の文化への警鐘もあり、幾度となく読み返したい書です。

「小津映画」の章より
・・・ところで、小津の映画に出てくる人物たちはみな行儀が良い。というのは、単に礼儀作法が良いということではない。役に応じたそれぞれの人物たちの控え目な会話やしぐさの中に、人間的な温もりを感じられるということである。それは小津が創り出した虚構の人物では決してない。映画の背景を支えている日本文化が持っていた本来の美質だ。 
最近の日本は「国際化」という意味不明な掛け声に埋もれているが、その一方で、世界が認めているはずの大切な文化がどんどん壊されているのだから皮肉な話である。国際的であるためには、確立された自国の豊かな文化をまず身に纏うことである。己の土台をないがしろにして他に認めてもらうことはできない。・・・

リボルバー 原田マハ

2019年6月19日
19世紀のオランダの画家ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)が自殺に使用したとされる拳銃がパリで競売にかけられ、約2,000万円で落札された。
出品された銃は7ミリ口径のリボルバー。赤錆がうきボロボロの状態だった。落札したのは電話で参加した個人の収集家。名前は明かされていない。

ストーリー・テラー原田マハが語るゴーギャンとゴッホの物語。
史実に基づいたフィクションと巻末にことわり書きがありますが、楽しめた一冊でした。

人形文楽「五番町夕霧楼」

若州竹人形座公演  人形文楽「五番町夕霧楼」 若州一滴文庫

コロナ禍も少しおさまり、二年ぶりの若州竹人形座公演に行ってきました。会場の若州一滴文庫は、梅雨の晴れ間。京阪神から来られた方も多く盛況でした。

今回の演目は、水上 勉原作「五番町 夕霧楼」・・・金閣寺放火事件と水上 勉氏自身の実体験が題材になっている作品です。

会場の若州一滴文庫のことを少し… (#^^#)

水上勉さんが、故郷 福井県おおい町に設立した若州一滴文庫、山裾にひっそりとたたずみ四季折々の風情が楽しめます。水上氏の蔵書約二万冊の図書室他、水上 勉さんゆかりの方々の絵画、書、若州人形座の竹人形等が展示されています。昨年は、水上 勉さん生誕百年の年、庭に記念樹が植えられていました。

トップガン マーヴェリック

本作の監督ジョセフ・コジンスキーが、前作「トップガン」を劇場で観たのは12歳の時だったというのには驚き。36年ぶりの続編は、懐かしい名曲「デンジャー・ゾーン」とともに始まります。

劇中、アイスマン(バル・キルマー)が、マーヴェリック(トム・クルーズ)に伝える言葉 “It’s time to let go” が印象に残りました。字幕は戸田奈津子さん、戸田さんならではの訳は映画を観てのお楽しみ。
劇中アイスマン(バル・キルマー)は、マーヴェリック(トム・クルーズ)とタイピングしてコミュニケーションを取ります。バル・キルマーは、実際にも深刻な咽頭癌と闘病しており、声を失ってしまっています。マーヴェリックとの別れ際、アイスマンが絞り出すように話す唯一の音声はAI技術を使ってキルマーの本当の声から再生したものだそうです。

さて、ジェニファー・コネリー演ずる爽やかな女性ペニー・ベンジャミン。前作で見たような記憶がなく調べてみましたら、なんとセリフの中だけでその名前が語られていました。今回は重要な役どころ。

コンピュータグラフィックは使用せず実写でとの方針通り、F18の戦闘シーンはすべて実写。この迫力は是非、劇場で・・・と思います。

句集 仰げば北斗  加藤草太郎

加藤草太郎さんの句集「仰げば北斗」をいただいた。俳句は人柄と言うけれど、できることならお会いして話をしてみたかった、その人柄が偲ばれる。
埼玉県にある城北中学校・高等学校の校長・学園長を務められ、退任後、地元の句会や水明俳句会で活躍されていた。


俳句はおもしろい
今の心のありようが見えるから
俳句は手軽だ
書く道具さえあればどこでも作れる
雨でも晴れでも寒くても暑くても天候には関係ない
悲しいことも嬉しいことも時には自分の病だって句材になる 
俳句はどんな芸事より簡便な表現活動だ
私は近頃床に就く時決まってリュックに
ペンとノートと電子辞書とサイフを詰め込んで置く 
突然のことに見舞われてもこれらがあれば当分は凌げるからだ
上手下手ではない
俳句で今の心のありようが残せればよい

加藤草太郎 (平成三十年三月熊谷句会発行『熊谷草』より)

春めくや廊下を走る一教師
孝行はしたかと笑ふ里の山
春灯まだ伸びてゐる生命線
春は曙妻の目覚しまだ止まぬ
あてどなき旅のをはりの桜貝
緑さす生徒五人の分教場
ほとぼりの冷めて貌だす蝸牛
場所などは選ばず蝉の大往生
宣誓の右手真直ぐ雲の峰
ちぐはぐな母との会話半夏生
麦秋やゴッホの耳を捜す絵師
八月をそつと生きてる癌病棟
学食の恋愛談義ソーダ水
蜩やわたり廊下のながき宿
チャペルいま祈りの時間小鳥来る
介添の妻が差し出す秋の水
草の実をつけて句の座に戻りけり
病床に色なき風の色さがす
枕辺の重き水指し菊の宿
生きてゐる枝は上向き冬木立
恙無く生きて幸せ冬日和
夜祭りに酔うて仰がば冬北斗
一隅に在るも生き方寒椿
追憶はみな美しく冬桜


花妖譚 司馬遼太郎

本名 福田定一の名で書かれ,華道 未生流の月刊誌「未生」に掲載された十編。
芥子・牡丹・沈丁花・水仙など十の花を題材に,中国・日本・モンゴル・古代ギリシャの逸話を語る幻想的な物語。
流麗で格調高い筆致は見事で,花のおりなす不思議な世界にしばし身を置くことができた。花に詳しく,古今東西の歴史に関する知識の深さは,流石というほかない。

カティンの森

カティンの森 アンジェイ・ワイダ監督作品

「カティンの森事件」を扱ったポーランド映画をアマゾン・プライムで観ました。
「カティンの森事件」とは,第二次世界大戦中,約22,000人のポーランド人が,ソビエト連邦の兵士によって虐殺された事件のことです。
アンジェイ・ワイダ監督自身の父も同事件の犠牲者の一人でした。構想50年,製作に17年をかけた作品。撮影は『戦場のピアニスト』で知られるポーランド出身のパヴェウ・エデルマン。ワルシャワでの劇場公開は2007年9月。

「カティンの森事件」
1939年,ドイツは「ドイツ・ポーランド不可侵条約」を破棄しポーランドに侵攻。同年,ソ連も「ソ連・ポーランド不可侵条約」を破棄し,旧ポーランド東部地域を侵略・併合。多数のポーランド人捕虜をソ連領内に連れさり,その多くを虐殺しました。
1941年,ドイツが,「独ソ不可侵条約」を破棄し,ソ連に侵攻。カティンにおいて多くのポーランド人が虐殺された現場を発見し,これを公表しますが,ソ連は虐殺を行ったのは,ドイツ軍であると主張します。
1945年,ドイツは敗北。第二次世界大戦が終了します。ソ連は,親ソ派のポーランド人共産主義者をトップに据え,ソ連の衛星国とも言うべき「ポーランド人民共和国」をつくります。以後,「カティンの事件」はドイツ軍が行ったものとされ,ポーランド国内において事件の真相に触れることはタブーとなります。
1987年,ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任。ソ連とポーランドによる「カティンの森事件」に関する合同調査が開始されます。
1990年,ソ連は事件の非を認め,公式にポーランドに謝罪。事件が起こってから50年を経て,やっとその真相が明らかにされました。

映画はドキュメンタリーを観るかのよう。真実を語るには,正義を行うには,自分の生命を賭す覚悟がいる社会と時代が淡々と描かれます。カティンの森の映像は凄惨でした。

句集「若狭」 遠藤若狭男

「来春、会おう」と若狭男さんから葉書をいただいたのは、四年前の丁度今ごろ。
葉書には、句が二つ添えられていました。

ふるさとは歩くがたのし草ひばり
海を見に春の若狭へ帰りたし

葉書には「第六句集のタイトルは『若狭』と決めています」とも書いてありましたが、「来春」をまたず若狭男さんの訃報を知ったのはこの年の十二月のことでした。

第六句集はどうなるだろうと思う数年が過ぎ、昨年五月、角川書店より「句集 若狭」が発刊されました。歌人でもある奥様の大谷和子さんの編纂です。「最後の贈りもの」と題されたあとがきの一部を紹介します。

・・・あえて「遺句集」としなかったのは、生前の若狭男が句集刊行を予定していたことと、句集内容のある程度の構成がなされていた、ということからです。しかし、句数を減らすことだけはどうしてもできませんでした。・・・おそらく若狭男本人ならば、ここから厳しい編集作業ののちに取捨選択し句数を絞り、厳選された「若狭」となっていたこでしょう。「玉石混淆」という言葉も一瞬脳裡をかすめました。けれどこれらの句は、晩年の若狭男の一瞬一瞬を切り取った大切な作品であり、さらにこの時期は自身が主辛となり「若狭」を創刊した時期でもあります。・・・しかし、これまでの句集によって形成された端正なイメージの若狭男俳句とは異なり、混沌ゆえの素のままの若狭男俳句の魅力に出会える可能性もあるのでは……とも思っています。

「Ⅲ 微苦笑」・「Ⅳ 言霊」の章は、句の他に折々に綴られた若狭男の文章も掲載されており、若狭男さんに思いを馳せながら、読み進めることができました。

われの吹くクラリネットに蝶の飛ぶ
青き踏むときをり死後のこと思ひ
うるはしき日々こそ待ため涅槃西風
麦秋やはるかに日本海の青
ふるさとは歩くがたのし草ひばり
わが死後のわれかも知れず秋の風
一月の仰げばりんと若狭富士

ドライブ・マイ・カー

話題の映画「ドライブ・マイ・カー」を観てきました。原作は村上春樹さん。原作の映画化というよりは、原作を土台とした物語といった印象。上映時間は三時間に及びますが、緊張の糸が切れない筋立てとタイトなつくり。カンヌ国際映画祭 脚本賞受賞というのも頷けます。

物語の主人公 家福(西島秀俊)は、俳優であり演出家。映画の冒頭場面ではサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」、そして、アントン・チェーホフの「ワーニャ伯父さん」の舞台稽古が核となり物語は進んでいきます。
映画の終盤 「ワーニャ伯父さん」舞台の場面、ソーニャの言葉が、本作「ドライブ・マイ・カー」のメッセージとオーバーラップするかのようです。切なく、喪失感にとらわれてしまっても人は生きていかなければならないというメッセージ。
主人公 家福の愛車は、スゥエーデンの名車 SAABサーブ900。素敵な舞台回しになっています。映画前半部の家福(西島秀俊)と妻(霧島れいか)が語り合う言葉は、魅入られてしまうような不思議な響き。ドライバー(三浦透子)のことは、ここでは触れないでおきましょう。観てのお楽しみ。
余計なお世話かもしれませんが、お独りで鑑賞されるのがいいように思った映画でした。

アントン・チェーホフ「ワーニャ伯父さん」第4幕 ソーニャがワーニャ伯父さんに語るセリフです。

・・・でも、仕方がないわ、生きていかなければ!ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長いはてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。そして、やがてそのときが来たら、素直に死んでいきましょうね。あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなに辛い一生を送って来たか、それを残らず申し上げましょうね。すると神様は、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るいすばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい!と思わず声をあげるのよ。そして現在の不仕合せな暮しを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち――ほっと息がつけるんだわ。わたし、ほんとにそう思うの、伯父さん。心底から、燃えるように、焼けつくように、私そう思うの……。ほっと息がつけるんだわ。
その時、私たちの耳には、神様の御使たちの声がひびいて、空一面きらきらしたダイヤモンドでいっぱいになる。そして、私たちの見ている前で、この世の中の悪いものがみんな、私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな――世界中に満ちひろがる神様の大きなお慈悲の中に、呑みこまれてしまうの。そこでやっと、私たちの生活は、まるでお母さまがやさしく撫でてくださるような、静かなうっとりするような、ほんとに楽しいものになるのだわ。私そう思うの、どうしてもそう思うの……。
お気の毒なワーニャ伯父さん、いけないわ、泣いていらっしゃるのね。あなたは一生涯、嬉しいことも楽しいことも、ついぞ知らずにいらしたのねえ。でも、ワーニャ伯父さん、もう暫くの辛抱よ。……やがて、息がつけるんだわ。……ほっと息がつけるんだわ!・・・(新潮文庫 神西清訳)