日日是好日

日日是好日 森下典子(新潮文庫)

日日是好日

著者曰く「雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。…どんな日も、その日を思う存分に味わう。…」 豊かに生きるとはこういうことなのだろうと、とても爽やかな気持ちになって読了した本です。

著者の森下典子さんは、大学生の頃、母親の勧めで武田のおばさんからお茶を習うことに。
以来、週一回のお茶の稽古を二十五年間。その間、就職、恋愛、失恋、父との死別など山あり谷あり、その時折の様々な思いが、ほんとうに素直に語られていて、等身大の著者に会うことができました。

映画のほうも、やっと近くで上映されることになったので、来週にでも行ってこよう。武田先生を樹木希林さんが演じられているということで、それも愉しみ (#^^#)

森下さんは、これまでの人生とお茶との出会いをこのように振り返っています。

  • 「世の中には、『すぐわかるもの』と、『すぐにはわからないもの』の二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれどすぐにわからないものは、何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、『別もの』に変わっていく。そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎなかったことに気づく。『お茶』って、そういうものなのだ。」
  • 「静かに並んで座ったまま、私は、先生と気持ちを共有したような気がした。先生は言わないのではない。言葉では言えないことを、無言で語っているのだった。本当に教えていることはお点前の外にある。」
  • 「先生は、私たちの内面が成長して、自分で気づき、発見するようになるのを、根気よくじっとまっているのだった。本当に知るには、時間がかかる。けれど、『あっ、そうか!』とわかった瞬間、それは私の血や肉になった。もし、初めから先生が説明してくれたら、私は、長いプロセスの末に、ある日、自分の答えを手にすることはなかった。先生は『余白』を残してくれたのだ。」

本の中から武田先生の言葉を幾つかひろってみました。

  • 「お茶はね、まず『形』なのよ。先に『形』を作っておいて、その入れ物に、後から『心』が入るものなの。」
  • 「間違えるのは、かまわないの。だけどキチンとやりなさい。一つ一つの小さな動きに、キチンと心を入れるのよ。」
  • 「たとえ何度も、同じ亭主と客が集まって茶事を開いたとしても、今日と同じようには二度とならないのよ。だから、一生に一度限りだと思って、その気持ちでやるんですよ。」
  • 「年月がたって慣れてくると、つい細かいところを略したり、自分の癖が出てきたりしますからね。お稽古を始めたころと同じように、細かいところにまで心を入れて、きちんとお点前することが大事ですよ。」
  • 「教えるってことは、いろいろなことを教えてもらえることよ。」
  • 「……毎年毎年、同じことの繰り返しなんですけれど、でも、私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって。」

先今年無事目出度千秋楽 (まず今年無事めでたく千秋楽)

散り椿

散り椿

京都 地蔵院にある散り椿、正確には五色八重散椿。椿が散る際は花が花首から丸ごと落下しますが、五色八重散椿は、花が散るとき花弁が一枚ずつ散り、その散り際はまことに綺麗ということです。

葉室麟の「散り椿」、木村大作監督によるオールロケーションの撮影ということで、これは観たいと行ってきました。
日本の様式美、美しい殺陣、日本の四季、凛としたせりふの数々…素晴らしい映像美に見入った二時間でした。

原作の複雑なプロット、登場人物の心の機微を二時間枠の映画に納めるのは大変だったろうなと思います。
原作にある
散る椿、残る椿があると思えばこそ、見事に散っていけるのだ。 榊原采女
くもる日の影としなれる我なれば目にこそ見えぬ身をばはなれず 古今和歌集
は、映画にも取り入れられていますが、原作を読んで初めてその言葉の意味を深く味わえるような気がしました。

地蔵院の散り椿の見頃は三月下旬…来春、見に行きたいなと思いつつ映画館を後にしました >^_^<

「あれから七十年巡りくる八月」

幼馴染みの父上から「あれから七十年巡りくる八月」と題した冊子をいただきました。

「昭和二十年四月、勤労奉仕隊員として満州東寧報国農場で作業に従事するため渡満。同年八月九日未明、ソ連軍の突然の侵攻により捕虜となる。捕虜収容所での抑留生活を経て帰国。」
までの体験談が、平明端正な文章で綴られています。

あとがきを紹介します・・・

「戦争中は何もかも物資不足で、ほしがりません勝まではの合言葉に皆辛抱をしてきた。また、米英鬼畜の教育で、小学校にあった日本とアメリカの友好のシンボルであった青い目の可愛らしい人形まで、先生の指導で、竹槍で突き、滅茶苦茶にこわしたこともあった。最後は神風が吹き、日本は絶対に勝つが先生の口癖教育であった。そして、戦時訓で、日本は絶対に降伏してはならない。捕虜になれば恥だと教えられ、各戦地において、多くの日本兵は玉砕や自決をせざるを得なかったのであろう。せめて半年早く降伏しておれば特攻や沖縄戦もなかったであろうし、もう十日早く降伏しておれば原爆もソ連の満州侵攻もなかっただろうと思うと、時の政府か軍部のやり方か知らないが、未だ何とも腑に落ちない。 <中略> ここに記した事は、若き日に満州で体験した事の一部であるが、若い方々には、今の平和な日本においてそれらの事がイメージできないかもしれない。然し、戦争の愚かさ、平和の大切さを、ここから少しでも身近に感じていただくことができたなら、私にとっては、思い出したくもない事ながら書いた甲斐があると思う。」

 

和のおかず 野崎洋光

やさしく親切で気のきいた即戦力の料理本はないものかと探していたところ、ついに見つけました。
人気TV番組「プレバト」に時折、出演していらっしゃる分とく山の野崎洋光さん。
一口食べただけで、その調理方法を類推しコメントをする卓越した知識と舌と技、流石としか言いようがない。やさしい語り口ながら決して妥協したところがない。随分苦労されたのだろうなと…苦労された人の優しさと厳しさは一味違うと感心。
とても分かりやすいレシピで、何とか作れてしまうのです。しかも、ちょっとしたコツが書いてあって、こうするだけでこうも違うものかと…目から鱗とはこのこと。
野崎さんのお料理レッスンコラムも楽しく、知識が増えます。
さぁ 男料理・・・時々がんばるぞ。

レシピ

人気の定番料理
和えもの・酢のもの・サラダ
酒の肴
焼きもの・揚げもの
煮もの・蒸しもの・鍋もの
ご飯・汁もの
甘味・デザート

野崎さんのお料理レッスンコラム

だしのとり方と活用術
おいしい味づくり
ご飯の炊き方
作りおきして便利な「薬味」と「たれ」
魚の鮮度の見分け方
盛りつけの基本
毎日のお弁当
陶器の扱い方
土鍋の扱い方
今どきのおせち

和のおかず決定版 「分とく山」の永久保存レシピ
野崎洋光      別冊家庭画報

 

「手しおにかけた私の料理」 辰巳芳子 

辰巳芳子さんのドキュメンタリー番組を見て、買ったのがこの書。

手しおにかけるとは、「深い愛情の積み重ねを日々の生活に忠実に行うことである。」と言う。
また前書きには、こうある。
「・・・つくりたいとお思いになるところだけ拾い読みせず、一度は初めから終わりまで通読していただきたいのです。・・・つくりたいところだけ拾うという取り組み方は、自分のしていることが、本当はわかっておらず行動する方の動きに似ているように思います。通読してのち、必要に応じた頁を開いていきますと・・・これで、はじめて、真の意味で、仕事の段取り、回転ができる方となり・・・」

ただの料理指南書ではない。読む者にも背筋の伸びた姿勢が要求される。
「だしとは何か」から始まる。 曰く、「…日本料理は、焼きもの以外、汁もの、煮もの他、だしの力によって美味しく、食べよくできており、知らず知らず、その養分が体力となるようになっている。」

出来上がりのだしを買うという発想はこの書にはない。だしの材料となる素材と選び方、そして基本のだしのつくり方が解説される。恥ずかしながら「一番だし・二番だし・煮干しだし」という言葉は聞いたことはあったが、その何たるかを初めて知ったしだい。

日本料理を具体的、実践的な視点から論じた素晴らしい文化論としても大変価値のある書であると言えよう。昨今、「食育」という言葉がもてはやされているが、なんとこの書の骨太なことか。

紹介されている四季折々の家庭料理は、260余点。つくるつくらないは別にして、日本の家庭に是非一冊と思う。

「手しおにかけた私の料理」   辰巳芳子  婦人之友社

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八つ墓村

アマゾンプライムを覗いていたら、松竹版の「八つ墓村」のところで目が止まってしまった。そのまま観てしまうことに…

金田一耕助を演じるのは、渥美 清さん。
物語の中心となる寺田辰弥・森 美也子役を、萩原健一・小川眞由美。
そして、山崎 努、大滝秀治、中野良子、山本陽子、市原悦子、花沢徳衛ら多くの名優が脇を固める。
監督:野村芳太郎 脚本:橋本忍 音楽:芥川也寸志

原作を翻案し、独自の解釈を加えたストーリー展開となっている。流石、野村芳太郎監督、これは原作より面白いかもしれない。
忌まわしい怨念のある村に凄惨な事件が続くなか、渥美 清演じる物静かで穏やかな金田一耕介のせりふは、癒しを与えてくれる。

岡山県高梁市成羽町の吹屋ふるさと村にある広兼邸を「多治見家」として、ロケが行われたとのこと。今でも映画のシーンそのままの風景があるなら、一度は行ってみたい….。

空飛ぶタイヤ

実話に基づく池井戸潤の小説。とても感動した小説だったので、映画を鑑賞してきた。
タイトな仕上がり。長瀬智也扮する赤松社長に共感を覚えつつ、痛快な結末を迎える。エンドロールに流れるサザンオールスターズの主題歌もよかった。

実際の事件が起きたのは2002年1月10日。横浜市内で大型トレーラーの左前輪が外れ母子3人を直撃。長男と次男は軽症だったが、母親は死亡。
製造元の三菱自工は、事故原因を「運送会社側の整備不良」と主張。しかし、神奈川県警の捜査により、車両に構造的欠陥があったことが判明。
三菱自工は2004年3月、製造者責任を認めリコールを届け出る。さらに同年5月、三菱自工の副社長ら5名が道路運送車両法違反、品質保証部門の元担当部長ら2名が業務上過失致死傷容疑で逮捕。三菱自工も道路運送車両法容疑で刑事告発された。
2012年2月、有罪判決が確定。
実際は映画とは異なり、三菱自工の非は暴かれたものの、運送会社に対する世間の非難は厳しく、廃業に追い込まれてしまったとのこと。

現実社会で、正しいことを行うことの如何に難しいことか。ただ、「空飛ぶタイヤ」が、正しく生きることへ、勇気を与えてくれていることだけは間違いない。

石鹸玉人生百景すぐ消ゆる 松山足羽

遠藤若狭男氏から、著書「人生百景-松山足羽世界」をいただいた。俳人 松山足羽の人生と句を追った俳人論である。
足羽は、福井市生まれの俳人…1922年2月1日生まれ、1979年「人」創刊同人、発行所代表、1988年「川」創刊主宰、句集『究むべく』等

読み進めるうちに、松山足羽の残した数々の句とともに、足羽の言葉に感銘を受けた。
「私は私の俳句手帖の見開きに自らの座右の銘を墨書きしている—心と身体を俳句に保つ。己をたしかめて句を成す。まだ言えていないから吐露すべきだ。人生を歩く、人生に座らない。それが人格に現れる。生き方に現れる。」

好きな松山足羽の句を…
一月や徒手空拳の腕二本
個人タクシー出て頭垂れ広島忌
草笛の青の中なり最上川
野鼠のひつこみつかぬ桃の花
秋風や亀を出たがる亀の首
竹人形前かがむほど春の雪
気の遠くなるほど眠り雪景色
竹の春だんだん顔が淋しがる
透析の空とんぼうの空となる
病院の妻へただいま秋の暮
肝心なものをわすれて豆の飯
湯河原へ春の帽子になつてゐる
かなかなのかなに悲しみ込めて鳴く

この書を読むまで、松山足羽のことはほとんど知らなかった。
読後、遠藤若狭男氏が、「俳句史にいつまでも残しておかねばならぬ俳人の一人」と述べられているが、その理由がよく理解できた。いい書に出会えたことに感謝。

「人生百景ー松山足羽の世界」  遠藤若狭男 著  本阿弥書店
第13回 日本詩歌句協会・日本詩歌句随筆大賞 大賞受賞(評論部門)

遠藤若狭男: 「若狭」主催 俳人協会監事 日本文藝家協会会員

風天 渥美清のうた

渥美清さんの句が世に知られるようになったのは、彼の死後。俳号は風天。主宰者を置かない同好の句会に参加し、句を詠むこと、そのことを楽しみにしていた。
同好の句会とは、「アエラ句会」「話の特集句会」等々。素人ばかりの遊びの句会であった。「アエラ句会」ではいつも静かに壁に向かって句を詠み、終われば黙って姿を消してしまうということであったらしい。句会では「会計の渥美清です。」と自己紹介。
「話の特集句会」…素人の集まりとは言え、永六輔、小沢昭一、岸田今日子、色川武大、吉行和子、山藤章二、和田誠他…驚くばかりの顔ぶれである。
本書は、そのいくつかの句会で詠まれた風天の句を丹念に集めて紹介。併せて、渥美さんの知られざる一面を語っていくというもの。
やさしい眼差しと静かで哀愁のある渥美さんの句に触れることができた一冊であった。

中でも好きな句をいくつか…

名月に雨戸閉ざして凶作の村
好きだからつよくぶつけた雪合戦
いみもなくふきげんな顔してみる三が日
テレビ消しひとりだった大みそか
鍋もつておでん屋までの月明り
はえたたき握った馬鹿のひとりごと
芋虫のポトリと落ちて庭しずか
赤とんぼじつとしたまま明日どうする
村の子がくれた林檎ひとつ旅いそぐ
いわせれば文句ありそなせんべい布団
年賀だけでしのぶちいママのいる場末
達筆の年賀の友の場所知らず
小春日や柴又までの渡し船

渥美清のうた   森英介 著  大空書房

花水木と先代萩 / 樅木は残った 山本周五郎

花水木と先代萩

「伽羅先代萩」と「樅ノ木は残った」

黄色の花「先代萩 センダイハギ」の名は伊達騒動に由来するとのこと
「伽羅先代萩」は、伊達騒動をあつかった歌舞伎の演目。仙台伊達家の三代藩主である伊達綱宗は吉原の遊蕩にふけり隠居させられる。これはお家乗っ取りをたくらむ家老原田甲斐と伊達兵部ら一味の企みであった。
甲斐一味は伊達綱宗の後を継いだ亀千代(四代藩主 伊達綱村)の毒殺を図るが、忠臣 伊達安芸の画策により失敗に終わる。原田甲斐は抜刀し伊達安芸を斬るが自らも討たれ、伊達騒動は終わりをつげるというストーリー。

原田甲斐は歌舞伎の演目では悪役ですが、山本周五郎「樅ノ木は残った」では全く違った原田甲斐の生き様が語られています。是非、一読をお勧めしたい一冊です。