KGBの男-冷戦史上最大の二重スパイ

The Spy and the Traitor
KGBの男-冷戦史上最大の二重スパイ ベン・マッキンタイアー

サマーセット・モームやジョン・ル・カレのスパイ小説を凌駕する面白さ。
本書はKGBの上級職員でありながら英国情報機関MI6の協力者となったオレーク・ゴルジェフスキー氏および関係者への取材に基づく実録。巻頭の東西情報員たちの写真も興味深く、数枚の写真は、当時、極秘の写真であったことでしょう。
ゴルジェフスキ―氏がMI6の協力者となったのは1974年。MI6は、氏の正体がKGBに露見した場合に備え、氏をソ連から英国へ脱出させる計画を同時進行しつつ、情報活動をすすめます。・・・1985年7月、脱出計画作戦名「ピムリコ」が発動されます。
大韓航空機撃墜事件、フォークランド紛争、グラスノチ、ペレストロイカ、ベルリンの壁等々の言葉が思い出される時代のドキュメンタリー。インテリジェンスと外交、情報機関と政府との関係など興味深い事実を知ることができました。

情報機関は対象国内に情報提供者・協力者・工作者をリクルートし情報活動を行うのが常道。リクルートの対象となるのは対象国の役人、政治家、ジャーナリスト、財界人など政治経済、世論の形成に影響力をもつ人々。
マーガレット・サッチャー(保守党)が首相を務めていたとき、労働党の党首であったマイケル・フット氏が、ソ連側の情報協力者として多額の報酬を受け取っていたというのは驚きでした。フット氏はこのことが公になった時、名誉棄損の訴訟をおこし勝訴していますが、レーニンの言うところの「有益な愚か者」であったのかもしれません。「有益な愚か者」とは、うまく利用すれば、本人の自覚なしに、操縦者の意図する目的に賛同させることもなく、こちらのプロパガンダを広めさせることができる人物の意だそうです。   

ある情報機関幹部は、対象国のスパイをスカウトする際、以下の助言を情報員に与えたということです。
「運命や生来的特徴によって傷ついているものを探せ。・・・劣等感にさいなまれている者、権力や影響力を求めているが不利な境遇のため挫折した者たちだ。」
スパイ活動を行う四つの動機は、MICE・・・Money(金銭)、Ideology(イデオロギー)、Coercion(強制)、Ego(自尊心)なのだそうです。金銭的報酬を与えること、弱みを握り恐喝すること、政治的信条により共感させること、社会的認知を与えることにより自尊心を満足させることにより、対象人物をスパイとしてリクルートしていくことができると・・・なるほどと納得した次第です。