クサギ 臭木

クサギ 
クサギ

葉が臭います。花は白く、がくは赤く、実は青く、いろいろな表情がたのしめます。

蓬嶋楼 September 2020

小浜市三丁町 蓬嶋楼

かつての花街、三丁町の中でも大きな料亭であった蓬嶋楼(ほうとうろう)を見学してきました。
お茶屋には厨房が無く仕出し屋から料理を取り寄せますが、料亭には厨房があり、店で調理した料理を提供すると伺いました。

蓬嶋楼 二階次の間

三丁町

小浜の城下町は、東組、中組、西組の三地区に分かれていました。三丁町のある界隈は西組になります。西組には、商家町、茶屋町、寺町があり、旧丹後街道に沿って、当時の風情を残す町並みを見ることができます。茶屋町通りには、茶屋建築の千本格子、二階の縁や出窓を持つ建造物が今でも残されています。


前庭

明治時代に造営された建物は当時のままにのこされており、細部にわたって贅を尽くし造りや調度品には目を惹くばかりでした。

塀を潜ると石灯籠のある前庭と丸窓があり、玄関にあがることになります。


二階主室

主室は二階にあり、二間続きの座敷には三日月、次の間には満月を配した床があります。弁柄色の壁に、床柱がない床は、いかにも非日常の空間となっています。隠し部屋もあるということですが、ここは拝見できませんでした。


一階 大広間

一階奥には、二十畳の大広間があります。廊下と広間をつなぐ鴨居は一本の檜木でつくられているというから驚きです。テーブルはトチの一枚板、縁はナラの木が使われています。

明治三筆 日下部鳴鶴の書

対酒当歌(酒にむかいては、まさに歌うべし)

蓬嶋楼への為書が見受けられました。

対酒当歌 日下部鳴鶴

三丁町の通りの家々には奈良市奈良町に行くとみられる「身代わり申」が吊るされています。庚申の日は六十日毎に訪れる厄日。家の中に災難が入ってこないように魔除けとして家の軒先に「身代わり猿」を吊るしたのがことの始まりのようです。三丁町には、江戸時代に寄進されたという庚申堂があります。

小浜市 三丁町

小浜 米太(こめた)のからみ蕎麦

久しぶりに米太に。高校の頃は、時おりここのうどんとか蕎麦を食べに来ていました。暖簾をくぐると懐かしいお店の光景がその時のままに。

米太で蕎麦を食べるなら辛味大根をつかったからみ蕎麦。以下はお店にあるからみ蕎麦の説明です。

「煮ても焼いても美味しくない、ところがそばと合わせるとまたとない相性の良さを発揮する。当店自慢の自家栽培の辛味大根のしぼり汁とかつお節が絶妙の味を醸し出す。ツーンと痛快。思わず涙目になるからみそば」

小浜市 米太(こめた)

硬派の蕎麦というのでしょうか。旨味格別。出汁まですべていただきました >^_^<
満足、お店の近くにある小浜八幡神社を参拝して帰宅。


小浜八幡神社

小浜八幡神社の参道は、丹後街道と交差し、神社の後方には後瀬山があります。

かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬の山の後もあはむ君 大伴坂上大嬢

万葉

孫兵衛茶屋のとろろ蕎麦

敦賀市の中池見湿地の帰り、そのまま帰るには惜しく、孫兵衛さんによりました。涼しい秋の気候となり、あたたかい蕎麦もいいかと、自然薯とろろ蕎麦を…
自然薯と生卵がほどよく蕎麦に絡み、少し濃い目の出汁もほどよく、美味しいお昼をいただきました。

孫兵衛茶屋は、敦賀市新道の国道8号(塩津街道)沿い福井県と滋賀県の県境の峠にある西村孫兵衛家のお店。
西村家の母屋は、国道をはさんだ向かいにあります。

西村家は村上源氏の血をひき、この峠を開拓、北陸街道の要所に問屋を営んだ旧家です。松芭蕉とのゆかりも深く、芭蕉の弟子素龍が清書した「おくのほそ道素龍本(国重要文化財)」を秘蔵されています。
本宅には芭蕉翁松風塚と称す素敵な庭園があると伺いましたが、機会があれば拝見させていただきなと茶屋をあとにしました。

松風の落葉か水の音すゝし 芭蕉

孫兵衛茶屋 自然薯とろろ蕎麦