読んで切ないけれど、その切なさを昇華する言葉の力に出会えます。
手に取りそこにあるすべての歌を読まれることをお勧めしたい歌集です。 第61回現代歌人協会賞受賞
病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある
朝の道「おはよ! 元気?」と尋ねられもう嘘ついた 四月一日
空色のペン一本で描けるだけの空を描いてみたい昼過ぎ
灰色の死体の母の枕にはまだ鮮やかな血の跡がある
目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ
全裸にて踊れと囃す先輩に囲まれながら遠く窓見る
爪のないゆびを庇って耐える夜 「私に眠りを、絵本の夢を」
「ち」のそばに「し」の字はありて少女らがすべらせていく赤い銅貨を
サインペンをきゅっと鳴らして母さんが私のなまえを書き込む四月
お月さますこし食べたという母と三日月の夜の坂みちのぼる
振り向かず前だけを見る参観日一人で生きていくということ
慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです
ひたひたと廊下を歩く ドアがあく イスに座って 被害を話す
花火観に家族で海へ行った夜ほめてもらった絵は 今 どこ に
友達の破片が線路に落ちていて私とおなじ紺の制服
鉄棒に一回転の景色あり身体は影と切り離されて
手を繋ぎ二人入った日の傘を母は私に残してくれた
「・・・生身の言葉であるから、他者に思いは伝わり、他者を動かしていったのだろう。そこに私は、言葉の本源的な力を見る思いがする。自分の言葉をもった人は孤独ではない。言葉を信じる人に、あるいは迷いつつも信じたい人に、キリンの子が届いてほしい。」 吉川宏志(歌人)